エネルギー交流⑤( 神へとつながる神聖な生命エネルギー② )
いままで地球での人類の歴史の中で
長い間、《性エネルギー》を
そのエネルギーのままに生かして
活用することができなかっただけなんだ
本来の神聖なるエネルギーを
歪んだかたちで使ってきてしまった結果
性はいかがわしいものになってしまった
私たちが暮らす世界は
だいぶ性に対する偏見が解かれてきた
とはいえ、性について語るのもまだまだ
タブーの領域であるかもしれない
本来 とても純粋なこのエネルギーを
3次元的でそのままに理解することは
難しかったのかもしれないし
人々はそれを利用して生き延びる術
にしてきた
それにより、そのエネルギーの本質から
遠く離れることになってしまった
だからこそ
これほどまでに歪んでしまったのだ
このエネルギーを尋常でないほど
あびたことで
わたしは
いままで多くの誤解によって
このエネルギーの使い方を
間違えてきてしまった人類の歴史を
さーっと眺めたようだった
おかげで
わたしのなかにあった
性に対する多くのトラウマが
拭い去られる機会となった
怖がることも
罪悪感を感じる必要も まるでなかったし
ただ、こうだったのだと
受け入れるだけでよかった
それどころか
女性は 胸をはって堂々と
かといって、偉ぶることも決してなく
ただただ 神々しい女神さまとして
存在していてちょうどよかったのだ
女性性がよみがえるというのは
いまよく言われる
《女子力が高い》
などというのことでは決してない
むしろ
いざという時は
力強くたくましい側面も持ちながら
観音様のような 慈悲のかたまりのよう
他のトラウマたちも
今がチャンスとばかりに
解消されるのを待っていて
まさに列をなして
日々浮かび上がってきている
魂の至福のときを
こんなかたちで迎えられるとは
思っていなかった
神のなさることは
想像を超える壮大な創造である